はじめに

はじめまして。20代後半にして転職5社を経験した、いわゆる「ジョブホッパー」です。

いや、ジョブホッパーというとかっこいいですが、実態は「会社に恵まれなさすぎた男」「就活を舐めすぎた男」のハイブリッドです。

今回は、私自身のキャリア(企業歴)を振り返る自己紹介記事です。各社の詳細は別記事で掘り下げていく予定なので、今回はキャリア全体の流れを要約してお届けします。

結果だけ見ると「成り上がりストーリー」に見えるかもしれませんが、本人としては「運が良かっただけ」という自覚しかありません。成功体験としてではなく、反面教師として読んでいただければ幸いです。

私の経歴をざっくりまとめると

短期離職の繰り返し

── 20代後半で5社経験

退職した4社のうち2社が倒産

── 自分のせいではない(たぶん)

新卒カード大失敗

── 就活の軸が「人事が優しかった」こと。

零細SES → 業界最大手メーカーの社内SE

── 年収240万 → 750万

こうして並べると、履歴書を見た人事が「そっ閉じ」する経歴であることがよくわかります。

書類選考が通るのが奇跡みたいな経歴なんよ……

年収推移でたどるキャリア年表

STEP1
就活:全ての元凶

就活の軸「人事が一番優しかった会社」。

STEP2
1社目:零細SES企業(年収240万 / 1年間)

アルバイトの方がマシ。新卒カードの無駄遣い。

→ 会社が倒産。

STEP3
2社目:大手SES企業(年収350万 / 1年半)

普通。成長を実感するも「人売り」の限界を感じる。

→ 配属先から引き抜かれる。

STEP4
3社目:大手子会社SIer(年収550万 / 2年半)

人生最大の地獄。メンタル崩壊。 思い出すだけで吐き気。

→ 転職で脱出。

STEP5
4社目:大手子会社 製造業 社内SE(年収450万 / 2年間)

生ぬる天国。何をやっても褒められる毎日。

→ 2度目の倒産。

STEP6
5社目:大手製造業 社内SE(年収750万 / 6か月~勤続中)

業界最大手。福利厚生、神。

周りが優秀すぎて自信喪失中。毎日奮闘中。

0社目:就活 ── 全ての元凶

就職活動。人生を左右する大事なイベント。

ここで私がどんな基準で会社を選んだかというと……

企業研究?業界分析?キャリアプラン?何もしていません。

「一番人事が優しかった会社」

人事の人当たりが良かったから。それだけで新卒カードという人生最大の切り札を使い切りました。

この適当すぎる意思決定が、この先の波乱万丈キャリアの全ての始まりとなります。就活生の皆さん、頼むから反面教師にしてください。


1社目:零細SES企業 ── 新卒カードの無駄遣い

年収

240万

残業

ほぼゼロ

勤続年数

1年間

退職理由

会社が倒産(1回目)

評価

一言:アルバイトの方が稼げる。倒産してくれてありがとう。

新卒で入社した零細SES企業。年収240万円。月の手取りに換算すると15万円前後です。

東京で一人暮らししながらこれで生きろという、ある種のサバイバル訓練でした。

零細企業の中にいると「自分はそこそこできる方だ」と勘違いしがちです。私もそうでした。

しかし3ヶ月の研修を経て客先に配属された瞬間、現実を思い知ります。周りは経験豊富なエンジニアばかり。40代のプロジェクトマネージャーからは日常的に罵声を浴びる毎日でした。

1年上の先輩にOJTをしてもらっていましたが、その先輩があまりに優秀で、「自分が1年後にこんな姿になれるわけがない」と打ちのめされる日々。

幸い残業がほとんどなかったため、悔しさをバネに帰宅後は寝るまで勉強漬けの生活を送りました。

彼女に年収を聞かれた結果

そんな中、当時付き合っていた彼女に年収を聞かれ、正直に答えたところ……

「将来性がない」

と言われて振られました。

反論できない。それが一番つらい。

認められた矢先の倒産

この悔しさから勉強に打ち込み、基本情報技術者試験に合格。

プログラミングスキルも身につけたことで、ようやく現場やプロジェクトマネージャーから認められるようになりました。

「やっとここからだ」と思った矢先・・・

「会社、2ヶ月後に潰れます」

退職金はゼロ。形式はクビ。

履歴書に書くのが恥ずかしすぎる退職理由を手に入れました。

ただ正直、あの給料の会社に残り続けてもキャリアアップは皆無でした。

ある意味倒産してくれてありがとう。倒産後、その会社の関係者から別のSES企業への斡旋を受け、2社目へ進むことになりました。

会社評価

個人的会社評価は

です。

よく、SESは配属ガチャといわれますが、私はSRくらいを引けたと思っています。

そのおかげで、成長はできたと思います。なので、総合評価は星1.5。


2社目:大手SES企業 ── 成長を実感、そして引き抜きへ

年収

350万

残業(月平均)

10時間

勤続年数

1年半

退職理由

配属先企業からの引き抜き

評価

一言:普通。少し給料が安いが成長はできた。配属ガチャ要素が強い。

入社後すぐに製造業大手のシステム子会社へ派遣され配属。

親会社向けシステムの運用保守を担当することになりました。

前の現場ではボロボロだった自分ですが、あの地獄の経験のおかげで「あれ、意外と対応できる……?」という成長を実感。

配属先のマネージャーも年齢が近く、非常にやりやすい環境でした。

認められる → やりがいが出る → もっと頑張る、という好循環が生まれていました。

帰宅後の資格勉強も継続し、応用情報技術者試験にも合格。

自社の新人2名を加えた3人チームのリーダーにもなりました。

配属先からの引き抜き

すると配属先の会社から「うちに正社員として来ないか」と声がかかります。

他の協力会社メンバーも含めたマネジメントをしてほしいが、契約上それは今の立場ではできない。だから正社員として入ってほしいとのことでした。

給料も上がるしステップアップもできる。二つ返事でOK。

自社の支店長に正直に伝えたところ、快く送り出してくれました。良い会社だったと思います。

⚠ここまでは順調でした。これが地獄の始まりだとは、この時の自分は知る由もありません。

会社評価

個人的会社評価は

です。

今回も配属ガチャはSRくらいを引けたと思っています。

給与面も前職よりは幾分マシ。リーダー経験も積めたことから今後のキャリア形成にもプラス。

総合評価は星3.5。


3社目:大手子会社SIer ── 人生最大の地獄

年収

550万

残業(月平均)

測定不能・・・

勤続年数

2年半

退職理由

メンタル限界突破。恩人のアドバイスで転職を決意。

評価

一言:思い出すだけで吐き気がする。メンタルヘルスの限界を経験。

前職の配属先にそのまま正社員として入社しました。

前職から引き続きメンバー2名を率いるチームリーダーのポジションです。

その後、配属先のマネージャーと一緒に、前職メンバー+協力会社の計8名チームのSM(サブマネージャー)として、1年間の案件を持つことになりました。

体制

 マネージャー:先輩社員(30代)

 サブマネージャー:自分(20代)  

 メンバー:8名(20代〜50代)

要件定義から基本設計、プロジェクト管理までマネージャーと二人三脚。

お互い経験が浅く手探りで進めていたため、 月100時間 の残業も多々ありましたが、「二人でどうにかしよう」と鼓舞し合いながら乗り切っていました。

メンバーには各機能の製造をお願いし、進捗もどうにか遅れなく進めていました。

コロナ禍 ── 在宅勤務という名の地獄

しかし、コロナ禍で全員が在宅勤務になった途端、状況が一変します。

メンバーのうち3名の進捗が完全に止まりました。週1の進捗確認で「進んでいません」と報告が来るのに、残業対応もせず定時で帰宅する日々。

その遅れをマネージャーと自分のサービス残業(月100時間超)でカバーするという、壊れた仕組みが常態化しました。

家にいるのに、無性に「帰りたい」と思うようになった。

平日は眠れない日々が続き、休日もサービス残業をしながら、残りの時間はひたすら寝ていました。

たまに出社する日は、電車に乗った瞬間に吐き気がする状態でした。

マネージャーが2名連続で倒れる

出社制限が解除されてからは問題メンバーの進捗も改善してきましたが、今度はマネージャーの様子がおかしくなります。

急に休むことが増え、聞いても「少し体調が悪い」と言うばかり。白髪が目に見えて増えていました。

そしてある日、マネージャーが無断欠勤。連絡しても返事がない。

上層部から呼び出され、メンタル不調で休職したと聞かされました。その後、休職期間を過ぎても復帰せず、そのまま退職。

数日後に着任した代わりのマネージャーも、わずか2週間で同じく無断欠勤 → 休職となりました。

⚠マネージャーが2名連続で倒れる現場。しかし増員はなし。繰り上げで自分がマネージャーに昇格しました

サービス残業はさらに膨れ上がり(もはや計測する気力もない)、進捗の遅れをカバーしきれなくなりました。

多方面への納期延長のお願いに対して、各方面からの追い込みと罵詈雑言を受ける日々。吐き気や不眠はさらに悪化し、人と話すときに言葉が詰まるようになりました。この後遺症は今でも少し残っています。

恩人からの電話 ── 人間に戻れた日

そんな中、先に退職していた元マネージャーから連絡がありました。当時の謝罪と、転職先で元気にやっているという報告です。

正直、謝罪よりもその人が健康でいてくれることが何よりうれしかった。

一緒に食事に行くことになり、そこで「今の会社はやばい。早く転職した方がいい」とアドバイスをもらいました。

その場で転職サイトに登録。とんとん拍子で転職が決まりました。

上層部に退職を伝えると、翌日に複数のお偉いさんから会議室に呼び出され、1日中監禁・尋問を受けることに。

ただ、転職先が決まっている「無敵の人」状態だったので動じることはありませんでした。

退職を伝えたその日から体調が回復し始めた。「あ、人間に戻れた」という感覚を思い出した。

有給消化を経て、無事に退職。人生で一番長く感じた2年半が終わりました。


4社目:大手子会社 製造業 社内SE ── 天国降臨

年収

450万

残業(月平均)

10時間

勤続年数

2年間

退職理由

親会社が会社を売却 → クビ(2回目)。親会社から転籍オファーで救済。

評価

天国。ずっとここにいたかった。

DX推進・業務改善担当として入社。この会社では初めてのポジションでの採用でした(既存のインフラ担当はいた)。

古くからある会社で、いまだにExcelの数式がわからない人がほとんど。VBAが組めるだけで天才扱いされる環境でした。

当時の会社はVBA以外のプログラムを個人が書けるということ自体を想像できないほど、IT知識のない方ばかり。

社員もほとんどが50代の親世代でした。

現場の人や事務所の生産管理の方に困りごとを聞いて回り、簡単なVBAやRPAを1日で組んで渡すと、それだけで「天才だ」「神だ」と崇められる日々。

何をやっても褒められる。前職の地獄との落差がすさまじすぎて、逆に怖かったです。

田舎の工場 ── 優しさの塊

田舎の方の工場だったこともあり、周りの方々の温かさが半端ではありませんでした。

自分をよい意味で子供扱いしてくれるので、存分に甘えていました。野菜をくれる。家のご飯に招待してくれる。お菓子をくれる。

19時まで残業していると   ・・・ 強制的に帰らされる

PCを家に持ち帰ろうとすると ・・・ 全力で怒られる

サービス残業は       ・・・ 絶対NG

天国。天国。天国。

唯一の欠点は、システム投資や外注を一切させてもらえないことでした。月3万円のランニングコストで月80時間の工数削減ができるシステムを導入したいと提案しても、「そんなものはない。自分で作れ」と返されます。

ただ、どれだけ時間をかけて自作してもOKという謎のルールがあったので、思う存分システムを開発・運用構築していきました。

なお、インフラ担当がミスで社内共有サーバを1週間停止させてしまってもお咎めなしの会社でした。

普通なら始末書どころでは済みません。おおらかすぎる。(だから潰れる・・・)

2回目の「会社がなくなる」

しかし入社1年半後、親会社がこの会社を売却すると発表。半年後にクビを宣告されました。

2回目の「会社都合による退職」。もはや持ってない。

就職難易度のわりにコスパが良い会社は狙い目ですが、こういうリスク(売却・倒産)もあるということは覚えておいてください。

ただ、ここで運が良かったのは、個人的に親会社から転籍のオファーをもらえたこと。そのまま親会社へ転籍することになりました。

会社評価

個人的会社評価は

です。

まず仕事が楽しい。何しても褒められて自己肯定感爆上げ!!

総合評価は満点。

倒産しなければこの会社にずっといたと思う。


5社目:大手製造業 社内SE ── ついに業界最大手へ(現職)

年収

750万

残業(月平均)

20時間

勤続年数

6ヶ月〜(在籍中)

退職理由

辞めません(予定)

評価

自分の学歴では普通に就職できないレベルの企業。

ポジションは変わらずDX推進・業務改善担当。

グループ全体で使用するERPパッケージの選定や、DX人材育成のためにグループ各社へ出張する日々を送っています。

仕事はそれなりに楽しく、給料は高く、福利厚生は神。

自分の学歴では新卒で普通に入れるレベルの企業ではありません。

紆余曲折ありまくりの結果、気づいたらここにいた、というのが正直な感想です。

ただし、自信喪失中

問題は、周りが有能社員だらけであること。前職では天才扱いだったのに、ここでは凡人以下。

環境が変わると自己評価がジェットコースターになることを身をもって体験中です。日々「自分、場違いでは……?」と思いながら仕事をしています。

だからこそ、全員についていけるように資格取得や勉強に全力で取り組んでいます。

ついていけなくなったら終わりという危機感が、皮肉にもかつての零細SES時代と同じモチベーションを生んでいます。あの頃と違うのは年収が3倍になっていることくらいでしょうか。

辞めません。(切実)


まとめ ── 反面教師にしてください

紆余曲折ありまくりでしたが、零細SES企業(年収240万)から業界最大手メーカーの社内SE(年収750万)に辿り着くことができました。

給料は新卒時から約3倍。当時の自分が聞いたら絶対に信じないと思います。

ただし、これは「こうすれば成功する」という再現性のある話ではありません。

振り返ってみれば、倒産のタイミング、引き抜きの声かけ、転籍オファー……すべてにおいて運の要素が異常に高い。同じことをもう一度やれと言われても、再現できる自信はゼロです。

こんなふうに「人事が優しかったから」で就職先を決めないでください。

新卒カードは本当に貴重です。私を反面教師にして、しっかり企業研究をして就活に臨んでほしいと思います。このような零細企業スタートから這い上がれるケースは稀で、運の要素が高すぎます。

転職は逃げではありません。

私は3社目で心身ともに壊れかけましたが、転職したことで人間に戻れました。今の会社がブラックで苦しんでいるなら、このキャリアが少しでも参考になれば幸いです。

各社の詳細については、別の記事で1社ずつ深掘りしていく予定です。

そちらもぜひご覧ください。